わたしと2.5とDVDと〇〇〇〇〇〇

 

 

今日は、ある2.5次元舞台のチケットの発売日だった。かなり人気の演目で、わたしも10分ほど前からスマホの前で待機していた。

結果、チケットはものの3分で売り切れ、わたしはチケットをご用意していただくことができなかった。残念。まあでも2.5ってこんなもんだよなとも思う。

 

わたしは最近2.5にはまっている。もとから芝居は好きだが、2.5は芝居のかける魔法の魔力が芝居の中でもとりわけ強いように感じるから好きだ。もちろんストレートもミュージカルも小劇場も好きだ。わたしを知らないところへ連れて行ってくれる。その上で、2.5というのはより非日常へ連れて行ってくれるのでは、と思っている。思っているのだ。

 

というのも、思っているだけなのだ。わたしは実は2.5を生で観たことがない。わたしが観たのはDVDだけだ。

 

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2.5の中でもかなり有名な三作。左から

舞台 黒子のバスケ OVER-DRIVE

ミュージカル 刀剣乱舞〜三百年の子守唄〜

舞台 刀剣乱舞 虚伝 燃ゆる本能寺〜再演〜

である。

 

もともと2次元に詳しくない、というかむしろ疎いわたしが2.5に手を出したのは、中屋敷法仁先生が演出をしていらっしゃると知ったからだ。高校の時からほんのり憧れていた中屋敷先生が手掛けられてるということで気になった結果、DVDを購入した(黒ステ:左のやつ)。そこから、黒ステに出ていた俳優さんのうち気になる方ができ、刀ミュ(真ん中のやつ)を購入、そして、同コンテンツつながりで興味を惹かれ、刀ステ(右の)を購入と相成った。

 

今まで、劇場に足を運ばずDVDを購入していただけだったのにはいくらか理由がある。

 

まず、黒ステの時点では、わたしがその場に行って楽しめるのかどうかという不安があった。これは、作品に対する不信ではなく、客層にわたしが含まれないのではという不安である。黒ステを観に行く人は、原作の黒バスのストーリーが好きだったり、キャラクターが好きだったりする人たちがほとんどだろうと思う。そして、彼ら彼女らに満足してもらうために作り手の方々はきっと創意工夫を凝らした。

それを、原作を名前くらいしか知らないわたしが、いくら事前に漫画を読んで予習したとして、ほかの原作好きの方たちと同じ熱量で楽しめるのか、と考えた時に、劇場にはいけないな、と思ってしまった。

 

しかし、その憂いはほぼ必要がなかったと思う。もちろん、原作に愛を持ってわたしがまったく気にも止めなかった役者の動作が原作ファンの方をこころを鷲掴みにしたりはしていたと思う。それに気づけないのはもう仕方がないが、それを知らずとも舞台の上は120%だった。人間ドラマだったし、熱い想いだったし、バスケの試合だった。その舞台の産む時間、空気、熱が好きで、そこには2.5だからこそだせる(2次元直通の)青春があって、劇場で観たかったと思った。(そして私のような2次元初心者へのフォローもしっかりあった。)

こうやって、2.5への不安が1つ減ったところで次である。

 

次は刀ミュの時点での話だ。これは、一部の2.5に限った話なのだが、芝居の中にアイドルのようなライブが組み込まれている2.5がこの世にいくつかある。そのうちの1つが刀ミュであった。刀ミュは一部でミュージカル芝居をし、二部で歌って踊るライブをする。(2.5に馴染みのない方にはわかりにくいかも知れないが、テレビドラマのオープニングのように、役者がキャラクターの演技をしたまま踊るというイメージだと思っていただければ。)

その上、ライブではうちわにメッセージを書いて掲げたり(バーンして!など)、ペンライトを振ったりする。

このライブでは、"推しにファンサをしてもらえる"="好きなキャラクターにファンサービス(投げキスなど)をしてもらえる"というキャラクターファンには言葉にできないほど幸せなことが起こる。また、好きなキャラクターがいきいきと歌って踊っていることもキャラクターファンはぐっとくるものがある、と。

ただ、このライブ中には原作や舞台上でのストーリーがないのだ。いや、歌詞などはストーリーを想起させるものもあるけれど、ライブ中にはキャラクターたちは葛藤したり喧嘩をしたりしないのだ。そもそも殆ど喋らないでずっと歌って踊っている。

この、"ライブ"の存在にわたしは最初ほんとうに驚いた。芝居の中に、ストーリーがない時間を楽しむという発想が目からうろこだった。そこにあるのはストーリーでなく、キャラクターだ。

そこでわたしは改めて、キャラクターを愛すということについて考えた。2次元が好きな方たちは、キャラクターのグッズを購入したり、ゲームだとキャラクターを重宝したりして、キャラクターを愛でる。そこにストーリーは関係している場合としていない場合がある。ストーリーから少し距離を置いたとして、そのキャラクターの見た目、声、性格、仕草などを愛でることには変わりないということである。だからこそ"ライブ"が成り立つし、そもそも原作を舞台化するとなった時に役者がキャラクターとして(見た目、声、仕草など)信じられるかどうかが大きな出発点になっている。

"キャラクター"という存在の大きさをわたしはこの時はじめて知った。今までそういう文化に触れてこなかったぶん、ほんとうに新鮮に感じた。

ここで話を戻すと、わたしが劇場に足を運べなかったのは、キャラクターにまっすぐ愛を捧げるほどコンテンツに詳しくなかったからである。ペンライトやうちわを用意するだけの愛がある人が客席に座るべきだと思った。

 

まあしかし、この懸念も意外とすぐに溶けていった。というのも、わたしがコンテンツにハマったからである。

2.5というのは2次元好きの方を舞台という別のカルチャーに呼ぶことが大きな目的だろうが、わたしはただの舞台好きだったのが、2.5を通してゲームの味を知る、という変わった道を辿ることになった。

 

そんな風にしてわたしのスマホの中にはアプリ「刀剣乱舞-ONLINE- Pocket」がはいってるわけで。好きなキャラクターもたくさんできた。一番好きなキャラクターはまだ2.5には登場していないが、もし登場したら、わたしは頑張ってチケットを取って、ブンブンとペンライトを振るかもしれないと思った。

 

さて、実はまだ劇場に行けなかった理由の話が続いていた。この話はむしろ積極的にDVDを購入するという話かもしれない。

次は刀ステの話である。刀ステはわたしがDVDを買った時点で、シリーズ物の次作が決まっていた。それにもかかわらず、わたしはシリーズの一作目のDVDを購入したのだ。(ここまで触れてこなかったが、2.5にはシリーズ物が多い。黒ステ、刀ミュ、刀ステは全てシリーズ物である。)

それはなぜか、ずばり、

キャラクターで選んだからだ。

シリーズを通して全作に登場するキャラクターもいれば、一作しか登場しないのもいる。わたしが購入した一作目にはわたしのお気に入りのキャラクターが4人も出ていて(一作目以外は2人しかでない)、さらに彼ら4人がメインの作品だった。

つまり、わたしが2.5に求めるものがここで変わった。原作を詳しく知ったことで、「コンテンツの世界を舞台化を観たい(できれば生で)」という欲求が、「好きなキャラクターたちが悩みながら生きる姿を観たい(DVDでいいから)」に越されたいうことだ。

これは、2.5の観客としてはある意味健全なことかもしれない。コンテンツが好きで、そのコンテンツの中で好きなキャラクターがよく出ている作品、しかもそれは上演がもう終わってしまっていた。それならば、DVDで堪能しようということになる。

しかし、"舞台"が好きなわたしがそれに首をかしげるのだ。もともと"舞台"という非日常に魅せられて、より非日常で大胆な時間を過ごすために詳しくもない2.5に手を出し始めたのではないか、と。

 

ここでDVD如何という話になるが、そもそも舞台のDVDとはどういう位置付けだろう。わたしの持っている芝居のDVDは今のところ、先に提示した3枚の2.5のDVDと、テレビで放映されていた芝居(『青春舞台』など)をダビングしたもの、あとは柴幸男さんの舞台『わが星』である。『わが星』は人におすすめだからと見せてもらい、めちゃくちゃハマってしまった自分でも購入したDVDである。

 

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『青春舞台』・『わが星』・黒ステ・刀ミュは共通して、「既に上演が終わっており、再演の見込みもない」作品たちである。わたしは、それらの作品について生で観る機会を永遠に失って、それでも(生の舞台で得たよりも興奮は薄まるが)DVDという形で堪能をしたいという思いから購入に至った。それらは基本的に、「なんでわたしはリアルタイムで知らなかったんだ、生で観たかった」という後悔があってのことだ。

 

それと反対の体験をしたこともある。わたしは今年の2月に『Shakespeare's R&J』という芝居を観た。

それについては、

http://gzgzen.hatenablog.jp/entry/2018/02/04/231208

ここで語り尽くしたのでもう一度語ることはしないが、わたしにとってとても大きな体験だった。そして、公演が終わっていくらか経ってから、『Shakespeare's R&J』のDVDが販売されるという情報がアナウンスされた。わたしは少し迷ったが結局買わなかった。あんな濃厚な時間はもう過ごせないと思ったからだ。完全に劇場の魔法にかけられていた時間だったから、むしろ、もう一度客観的な見直すのは嫌かもしれないとも思った。生で観て一生忘れられないような芝居だったからこそ、DVDを購入しなかった例だ。

 

さて、その上で刀ステの話だ。刀ステは先ほど言ったようにシリーズ物であり、わたしにとってその世界観を生で浴びることは次回作でも可能だった。それでも好きな4人が苦しみを超え生きる姿が観たかった。実際それをDVDで観て、心を打たれて、それに、キャラクターの細かな仕草にも感動ができた。作り込まれた重箱の隅まで堪能するなら、DVDという媒体はとてもよい仕事をする。撮影の技術も日々進歩していて、生で観ると豆粒のようなサイズの顔が、アップで映されたりする。わたしは、キャラクターの1ファンとして楽しんだ。楽しんだ。こうやって楽しめることが嬉しいとも思った。

また、先ほどから比較対象としてでてきている「次回作」だが、きちんと情報を見ていなかったため即座に売り切れ、数度当日券にも並んでみたが、ことごとく抽選が外れて悲しみの帰宅をした。ある種自業自得なので仕方がない。ただ1芝居好きとして、演劇の公演が何度も抽選をしてまで当たらない人がいるほど求められているのは嬉しいなんてことも思う。何様だよって感じだが。

わたしにとっての刀ステはこんな感じだった。ちなみにさっきから次回作次回作言っているが、当然もう終わっていて、さらにこれがシリーズ最終話だったようだ。わたしは刀ステの世界を生で触れずに終わってしまった。それは悔しいな、、、

 

そうだ、さっきからずっとわたしは劇場に足を運ばなかった、とまるで自分の意思で行ってないようだが、(実際だいぶそうなのだが、)それよりも、2.5は行きたくても行けないことがままある。上に書いた刀ステ然り、刀ミュもチケット争奪戦は熾烈なものらしい。そして、今まで機会がなく触れてこなかったが、2.5の原作以外のもうひとつの目玉は、役者さんたちである。彼らはキャラクターを愛する方たちに寄り添い、繊細な役作りをして、大胆に熱量を持って演じる。そんな魅力的な役者さんたちにもファンの方がいて、市場の一部となる。そう、だから、コンテンツがビッグタイトルであるからチケットが取れないうえに、役者さんたちのファンの方も芝居に詰めかけるから、やっぱりチケットは争奪戦となる。キャラクターのファンも役者さんのファンも確固としたお金を使う相手、がいるから、迷いがない。それに応えてチケットの販売も役者さん先行と原作のなんらかからの先行があったりする。

 

そうだ、今日だって、わたしが落ちたチケットは、一般販売だ。俳優さんの先行とか、アニメとコラボの先行とかが終わって、今日。

 

今回落ちたこの芝居は、わたしは原作は詳しくはない。機会があったのでアニメを1話だけ観ただけだ。この芝居は原作が話題になっていて、知名度も高く、この芝居がはじめての2.5だという人が多そうだ。役者さんも期待が高まる布陣になっていて、実際わたしもこの芝居のことを役者さんのツイッターで知った。

ただ、わたしが興味を惹かれたのは上にあるようなことじゃなくて。

 

"劇場を彼らの住む世界に見立て、観客を住人の一人として扱い、劇場の隅々まで使ってキャラクターが生きる"

ということをプロデューサーさんがおっしゃっていて。

 

それを聞いて、もう、行くしかねえなって思った。その時間を、体験を、本当に創れたら、この上なく満たされるだろう。

2.5が非日常なのは、2次元が非日常だからだと思っていて、

舞台が非日常なのは、劇場に行くことが非日常だからでもあると思っていて、

そこにしかいない魅力的なキャラクターと、そこでしかできない体験をすること。

その時間はほんとうに夢のように過ぎるだろう。

 

そんな作品がこの世にあって、それに焦がれている。

 

、、、あー、なんでチケット取れなかった作品のこと熱く語ってんだよ。行きてえな行きてえよ。あ、一応、当日券チャレンジしようと思ってるんで、一応、まだ、諦めたわけでは、ない、

 

でも、もし行けなかったらわたしはDVDを買うだろうか。生の体験に焦がれたのに。

 

 

 

へい、語った語った。ここまで読んでいただき、ありがとうございました!では、最後に、

 

 

 

 

 

 

わたしの今日落ちた芝居は、

 

 

 

 

 

 

 

 

体内活劇『はたらく細胞

https://hataraku-saibou.com/butai/

 

です!

 

みなさんにもおもしろい芝居を逃した感覚の道連れになってもらって、今日はこの辺で。また会う日まで。